会長 八木 誠一郎
当防火委員会は、福井空襲、福井大地震、大水害などからの復興期にあって、頻発する火災を防ぐため「自分たちの街は、自分達で護る」という観点から、昭和26年3月、民間組織の防火団体として全国にさきがけて誕生いたしました。
当時、戦災、震災等の復興事業が優先され、防火面への対応が必ずしも万全でなかったことから、官民一体となった防火体制の必要性が叫ばれておりました。
そこで、福井市、商工会議所、日本損害保険協会などが発起人となり、市内の工場や、危険物関係事業者を会員とした、「福井市防火委員会」が設立されました。
その後、設立に賛同した一部の工場等だけでは目的を達することは困難であり、地域住民一人ひとりが火災予防に取り組む体制づくりが必要とのことから、昭和30年からは市内全世帯を会員として組織が拡大されました。
その後、公設消防組織の広域化に伴い、昭和47年3月からは名称を「福井地区防火委員会」と改称し、対象を当時の福井市から、美山町、越廼村及び清水町へ拡大し、平成18年のいわゆる平成の大合併で、当委員会の区域内にある全ての市町村が合併したことから、新たに「福井市防火委員会」に改称されたわけでございます。
このように、名称は改称されてきたものの、設立趣意は連綿と受け継がれており、事業体と住民が一体となった防火団体は、全国でも数少ない組織として、注目されているところでございます。
本会設立以来、皆様の御支援、御協力のもと、常に社会情勢、災害情勢に対応した各種の事業を推進してまいりましたが、安心・安全な街を次代に引き継ぐため、防火・防災思想のなお一層の普及促進を目指し、これまでに倍する努力を行ってまいります。
何卒、今後とも変わらぬ御支援、御協力を賜りますようお願い申し上げまして、ごあいさつとさせていただきます。
当時、戦災、震災等の復興事業が優先され、防火面への対応が必ずしも万全でなかったことから、官民一体となった防火体制の必要性が叫ばれておりました。
そこで、福井市、商工会議所、日本損害保険協会などが発起人となり、市内の工場や、危険物関係事業者を会員とした、「福井市防火委員会」が設立されました。
その後、設立に賛同した一部の工場等だけでは目的を達することは困難であり、地域住民一人ひとりが火災予防に取り組む体制づくりが必要とのことから、昭和30年からは市内全世帯を会員として組織が拡大されました。
その後、公設消防組織の広域化に伴い、昭和47年3月からは名称を「福井地区防火委員会」と改称し、対象を当時の福井市から、美山町、越廼村及び清水町へ拡大し、平成18年のいわゆる平成の大合併で、当委員会の区域内にある全ての市町村が合併したことから、新たに「福井市防火委員会」に改称されたわけでございます。
このように、名称は改称されてきたものの、設立趣意は連綿と受け継がれており、事業体と住民が一体となった防火団体は、全国でも数少ない組織として、注目されているところでございます。
本会設立以来、皆様の御支援、御協力のもと、常に社会情勢、災害情勢に対応した各種の事業を推進してまいりましたが、安心・安全な街を次代に引き継ぐため、防火・防災思想のなお一層の普及促進を目指し、これまでに倍する努力を行ってまいります。
何卒、今後とも変わらぬ御支援、御協力を賜りますようお願い申し上げまして、ごあいさつとさせていただきます。
福井市防火委員会
会長 八木 誠一郎